フランス視察記6
さて、今日は家族仲裁について書きたいと思います。家族仲裁は、家族の間になにかしらの葛藤があったときに、具体的な解決策を提示するものです。Well-Beingの達成を目的とする家族セラピーとは担うものが違うんですね。
家族仲裁は、今日のこの記事のタイトルである「お話をするための木」が起源なのだそう。
アフリカで家族についての問題があるとき、村の人が立ち合いつつ、家族は木に向かって話し、聞いてもらうという文化があったようです。
そういった起源からきているということもあって、いろんな話を聞きながら、揉めている2人の差異を整理し、『ぼやけた写真を明確にして状況改善につなげる』ことと、『怒りや罪悪感などの負の感情を並べて整理する』ことがおこなわれます。
家族仲裁に来る人たちは、
・カップルとしての関係をこのあとどうしていくか考えたい人たち
・別れようと思っているけど、もうちょっと冷静に考えたい人たち
・別れたけれど状況が変わって調整をしたいことがある人たち
…とその目的もさまざまです。
家の中で誰かと誰かが向き合わないといけない時に、第三者の立ち合いが必要なケース、子どもが調子を崩しているケース、離婚で揉めているケース、思春期やステップファミリーなどの特別な段階にいるケースにおいて、とくに利用されています。
費用は所得に応じて2ユーロから131ユーロで、半分を国が支払い、残り半分を話し合う2人(カップル。子どもが関わる場合は)で折半というのが一番多いようです。2時間のセッションが8~9回行われ、1回のセッションとセッションの間は2~3週間あけることとなっています。その間に、それぞれが自分を見つめたり、考えを整理したりする時間を設けてくるのだそうです。
ウィーズでも扱うことが多い、父母が揉めていて子どものことを考えなければならないのに建設的に考えられないというケースでは、子どもについてまったく見えているものが違うということが多いため、以下の図を使って、それぞれが「別の視点」を知ることからセッションが始まるそうです。
今日の講師はpaulineさん(左)
こちら、日本でもわりとよく使われている絵ですよね!ワールドワイドな「おばあちゃんにも若い女性にも見える絵」です。
この絵からそれぞれが、
・片方からはあくまで片方しか見えていないこと
・両者が主張していることの両方が存在していること
・相手の視点を知ること
・それらをふまえて自分がなぜそう思っているのかを共有する必要性
を学びます。
実はこれと同じことをウィーズの草の根子どもサポーター養成講座でもやっています。使っている絵は違う(以下)のですが、同じような点を取り扱っているのだなあと嬉しく思いました。
画像:http://www.cartoonmovement.com/
家族仲裁は、採算を合わせる場所ではありません。戦いを続ける場所でも、戦いの決着をする場所でもありません。お互いの平和を目的とする場所です。
ですので、家族仲裁者は「あなたはどう思う?」と聞かれても答えませんし、ジャッジを担うこともしません。(ただし、子どもの権利条約ではこうなっている等、法律を元に情報として伝えることはあるそうです。)
この家族仲裁者は家族仲裁の国家資格を持っているわけですが、この資格制度は2003年にスタートしました。連帯省(日本の厚労省に近いところ)が管轄です。
この資格をとるためには、まず大学で法律か心理か社会学を学んだ人であり、医療かソーシャルワークの分野で8~12年の実務経験がある必要があります。まず対象者になる要件として、経験を必要としていることがわかります。
この対象となった人が養成機関にて法律・心理・社会学を改めて学び、対立時の交渉やコミュニケーションの手法を知り、実習をおこないます。もちろん論文を書くことも求められます。
paulineさんは家族仲裁の養成機関に入ったとき、これまでの家族に対する考え方がすべて崩されたように感じたそうです。
それは、最初の日に『あなたにとって家族とは?』ということを講師から質問され、それに答えた受講者たちの回答が、paulineさんを含め、みんなバラバラだったから。
祖父母を含めて大事だと感じる人もいれば、いとこも含める人もいる。拡大家族が大事だと思う人もいれば、カップルが大事という人もいる。
そういった価値観の違いをふまえた上で、自分の考え方を持ち込まず『相手にとっての価値』を見つけなければいけない難しさがあると感じたそうです。
加えて、家族仲裁は、どこに住むとかどう教育するとか、治療や予防をどうおこなうとか、安全について・海外渡航について・宗教についてなどなど、扱う分野がとても広いです。それらすべてが親としての実践の中にあるので、これらをひとつひとつ考えていくことは葛藤がなくても大変なことです。だから、家族仲裁が国の中で機能させ、これらをサポートする必要があるのです。
こういった問題を落ち着いて話すために、1回目の家族仲裁の場では、利用者はエンゲージメントへのサインを求められます。
私は2番目が特に大切だなと思いました。暴力的なコミュニケーションをしないために、あくまで話すのは私に起きたことや私の感情について。『私はこういう状況の時にこのような気持ちが起きてきた。』ということを話し、整理をしながら相手との差を確認するのです。
『あなたが○○だったから!』ということではないのですよね。家族仲裁は○×を決める場ではないからです。
フランスは共同親権なので、離別後も父母が話し合って子どものことを決めなければならないことが多くあります。
フランスでは「共同親権」のニュアンスとして、日本のように父母の役割分担というような考え方はではなく「Conjointe(コンジュアン)」=一緒に、結びついて、という考え方が強いそうです。クーム、というラテン語からきていて、権利も役割も義務も責任も一緒というニュアンスなのだと説明を受けました。
そのため、離別カップルには『親権の【権】はどんな意味がある?』ということを最初に考えてもらうそうです。
日本でも親権を争う際に、『私が産んで私が育てた』とか『私の方が稼いだ』ということが主張としてよく聞かれますが、親権を持っている人は常に『子どもにとっての関心を満たすためにどうするか』を考え続ける人たちである、ということを改めて共有する場を持つのだと教えていただきました。
親権とは自分が決める権利を持つわけでもなく、親が子どものことを決めるということでもなく、相手と交渉するものでもありません。
たとえば権力を持つ人として『企業の理事』を例として考えた場合、この人たちは組織継続や社会の利益追求のために一生懸命考える人たちであるはずです。
これと同様に親権は振りかざすものではなく、子どものためにどう使うかが求められるものであって、片方が片方より上とかどちらがふさわしいとか、そういうことの証明に使われるものではないのです。
ここでもジェノグラムを書いての検討がおこなわれる
また、『だれが親か?』ということもフランスでは明確です。
親は父(精子)と母(卵子)のみであって、再婚相手も祖父母もその代替はできません。精子と卵子以外はあくまでも「愛情を与える」「より豊かにする」存在とされます。
祖父母や再婚相手は子どもに関する決定権は持たないのです。
さらに、例えばお母さんと子どもが出かけて、そこで子どもが誰かに怪我をさせてしまった場合、フランスではその場にいなかったとしても、たとえ別々に暮らしていても、両親がその責任を負います。(小声:日本だと、これをやるととんでもないもめごとに発展しそうな気がしてしまうのですが、)親権・親が負う責任はとても大きいのです。
そういった中で、共同親権が主流のフランスでは『子どもにとっては両親が必要』の考え方が根付いています。
paulineさんのお話より
私たちは、親以外の存在ではありますが、それぞれの子どもが飛び立つその時が穏やかで、子どもの意に沿ったものであるようにサポートしたいものです。
そして最後にはpaulineさんも、『人はみんな潜在力をもっている。だから、かならず良い親になれるのよ。』とお話されていました。
さて、次回はCITHÉAさんの面会交流編です。
今日は珍しく私の余談が少なかったので、最後にちょろっとだけ書かせていただくと(結局書きたい)、私たちが泊まったところは全員の部屋がそれぞれちょっとずつ違って、とってもかわいらしい個室でした。一部お写真でお見せできましたら。
そして窓からは庭園が見えるのですが、これが朝・昼・夜と毎日少しずつ雰囲気が違って、癒されるのです。
またパリに行くときは、ここに泊まりたいな~と思うのでした。
振り返れば振り返るほど、また行きたくなるパリ。
ですが、日本の子どもたちのために、私たちもできる役割を果たさないと!ですね。私たちも『話をしにいく木』のひとつとして、しっかりと根付き、ぶれることのない軸をもって、親子が健全にそれぞれの人生をあゆむことができる毎日に寄与できるよう、頑張ります。